波多野精一関連エントリー

晩年の波多野精一先生

波多野精一先生は京大を退職後、東京の荻窪で住んで居られたが、戦争が激しくなり、昭和20年(1945年)3月、岩手県の千厩に疎開された。千厩は息子勇二郎の妻の母親が住んでいるところであった。 ...

晩年の波多野精一先生

論文「波多野精一の存在-愛-論」

... 「波多野精一の存在-愛-論――無からの創造論に注目して」 (『日本の神学』第46号, 日本基督教学会, 2007, pp. 31-52) 昨年の日本基督教学会学術大会での発表 を ... その一つが、波多野精一(1877-1950)の宗教哲学である。……特に注目すべきは、たとえば ...

論文「波多野精一の存在-愛-論」

[引用・カ行]カント『実践理性批判』(波多野精一・宮元和吉 ...

ここに二つの物がある、それは――我々がその物を思念すること長くかつしばしばなるにつれて、常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって我々の心を余すところなく充足する、すなわち 私の上なる星をちりばめた空と私のうちなる道徳的法則 である。 ...

[引用・カ行]カント『実践理性批判』(波多野精一・宮元和吉 ...

『物語「京都学派」』(竹田篤司、中公叢書)

... わたしの関心である波多野精一先生が京都に呼ばれた事情や、波多野先生の先生であるケーベル先生と西田先生の学風についての解説は、哲学をしようと思うものにとって、ぜひ知っておかねばならないことであろう。 ...

『物語「京都学派」』(竹田篤司、中公叢書)

慰霊祭を振り返って

... ほかにも、鈴木大拙、波多野精一などにも言及しながらの講演で、極めて刺激的な内容であった。 慰霊祭の終了後、参列した学生が、この先生のお話に対する感想を述べたが、全員が真剣に聞いていた様子だった。 ...

慰霊祭を振り返って

波多野精一とは?

波多野 精一(はたの せいいち、1877年7月21日 - 1950年1月17日)は、日本の哲学史家・宗教哲学者。
西田幾多郎とならぶ京都学派の立役者。
教え子には石原謙、田中美知太郎、小原国芳らがいる。
1877年(明治10年):長野県筑摩郡松本町(現・松本市)に生まれる。
1888年(明治20年):8月に師範学校 高等師範学校附属小学校高等科(現・筑波大学附属小学校)卒業。
1893年(明治26年):高等師範学校尋常中学科(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業(第1回卒業生)。
1893年(明治26年):第一高等学校 (旧制) 第一高等学校入学。
1896年(明治29年):東京大学 東京帝国大学文科大学哲学科入学。
1899年(明治32年):同大学卒業。大学院に進学。
1901年(明治34年):『西洋哲学史要』出版。

波多野精一の詳細